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インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん

女性の一生にかかわっていけるような“かかりつけ医”をめざして
池下レディースクリニック銀座院長 産婦人科医 池下 育子さん
詳細プロフィール
前編 後編
医者になりたてのころは、
患者さんと話すこと、目を合わせることが怖かった
同世代の女性たちと向かい合い、話をできれば
自分の人生もまた変わってくるかもしれない
何かあったときにすぐ相談できる
“かかりつけ医” になりたい
肌っていうのは、いちばん表面にある“内臓”だから、
症状がもっとも出やすい
「自分の身を守る」「自分のからだと向き合う」
そういう気持ちをもって、行動することが大事
ハートを「女」で持ち続ければ、しわがあろうが、
白髪が増えようが、恋もできるし、乙女でいれるはず
年をとってくると、
ひとつひとつが大事な時間、大切な出会い
院長として、産科・婦人科の診療のみならず女性の心とからだに関する悩みに積極的に取り組んでいらっしゃる池下育子さん。
同じ女性として、常に患者の立場に立って語られる適切かつ親身なアドバイスや診療が、多くの女性から深い信頼と高い支持を集めていらっしゃいます。

実際にお会いすると、テレビや雑誌での華やかな印象以上に、その気さくなお人柄と全身からにじみでる“かわいらしさ”にすっかり魅了されてしまいました。多くの女性が、他人にはなかなか言えないような悩みを打ち明けるのも、池下さんのそうした人となりがあってこそと思われます。
そんな池下さんに、女性特有の“心とからだの悩み”について、また、上手に年を重ねていくことについてなど、たくさんのお話を伺いました。
3つのQUESTION
Q1 人生のモットーはなんですか?
年代、環境によっていろいろ変わってきましたが、今は「流れにさからわず」「楽しく、おいしく、幸せに」がモットーです。
Q2 今、1週間自由な時間があったら何をしますか?
小笠原で、ボーッと、自給自足ですごしてみたい。不便そうなところで不便な生活にひたってみたいです(行ったことがないので)。
Q3 ご自身にとっての『♪』な瞬間〜自分にとって幸せ・うれしい・充実感を感じる瞬間〜を教えてください
おいしい「食材を探し」て、「料理をつくって」、「食べて、おいしー!!」と、お酒をのみながらすごすこと。

医者になりたてのころは、患者さんと話すこと、目を合わせることが怖かった

インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん 池下さんが産婦人科医になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
実は卒業してすぐは、麻酔科にいたんです。人と話すのがすごく苦手で・・・。医者って患者さんと話さなきゃいけないじゃないですか。「どこが痛いの?」「どうしたの?」って。
でも当時のわたしは、“相手の目を見て話す”ということがすごく怖くて。
そのころは本気で「人と話さない、目を合わせないような科で医療にかかわっていければ」と思っていたので、それで、できれば患者さんとお話しない科を、と麻酔科を選んだんです。
それが、慣れていくに従って次第に、そこにいる患者さんを“物質・物体”のように相手している自分、という存在が、なんだかとても辛く感じられて・・・。

ちょうどそのころ当時の国立小児病院、いまの国立生育医療センターに入ったんです。
そこで、小児麻酔、300gとか500gという未熟児や3歳、5歳くらいの子どもたちへの麻酔を行っていたんですが、大人と違って子どもって、話をして信頼関係を築かないとダメ、おさえこむような方法じゃダメなんですよ。まして病気の子どもたちは長いこと病気と向かい合ってきていますから、いろいろ知ってるんですね。
たとえば麻酔の話をするときも、「痛くないから」って言うと「うそつき!」ってなっちゃう。「痛いよ。痛いけど、これは痛くなくするための一瞬の痛さだよ」って、そんな風にちゃんと向き合わなきゃいけない。ぱっと押さえつけて一瞬眠らせる麻酔っていう考え方じゃダメなんです。
それがだんだんわかってきて、そのうちそれまで患者さんと話すこと、目を合わせることを避けてきた自分自身に対して、このままじゃいけないんじゃないかと思いはじめたんです。
だって、500gとか、600gくらいの言葉を発することもできない小さな赤ちゃんが、こちらを、じぃーっと目を見るんですよ。
その目をみていると、なんだか「助けて」って言われているような気がしてきて・・・。
この子たちだって、そうやって一生懸命意思表示してるのに、それをわかろうとせず目をそむけていたんじゃ、わたしはこの先なんにもできないままかもしれない。それでずっとこのまま医者をやっていくんだろうか、って。そういう気持ちが出てきたんです。

それで、もっとこの子どもたちとしっかりかかわっていきたいと思い、周産期医療※にすごく興味を持ったんです。
周産期の対象は、妊婦さんと産まれる赤ちゃん。
だから、その医療にかかわるためには、小児科もできなきゃいけない、産婦人科も知らないとできない。そこで、医者になってから3年目で産婦人科を希望し、東京都立築地産院産婦人科に入ったんです。

※周産期医療・・・周産期とは妊娠後期から新生児早期までのお産にまつわる時期を一括した概念をいい、 この時期に母体、胎児、新生児を総合的に管理して母と子の健康を守るのが周産期医療
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん

同世代の女性たちと向かい合い、話をできれば自分の人生もまた変わってくるかもしれない

そこから産婦人科医として、新たにスタートを切られたわけですね。
ええ。医者不足も含めて産婦人科にトラブルが多いのは当時からだったんですけど、まさにその科をやりたくて、築地産院に入ったんです。とにかく、ただ子どもたちにかかわりたかった。それで、その中でローテーションとして小児科や婦人科もやればいいと思いながら、結局そのまま13年間、ずっと“分娩”だけにかかわってきたわけです。
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん
正常分娩ももちろんですが、300gとか500gとか、そういう未熟児の分娩現場って、すごく壮絶なる、というかドラマチックなんです。

産まれてきた子をまず保温する、呼吸管理をする、栄養を補給する、そういう管理をして、“(赤ちゃんの)命をとりとめ、危険がない状態まで育てる”。

そうやって救える命は、医療の進化とともにたしかに多くなったけれど、その一方で、命はとりとめたものの脳性まひになったとか後遺症が残ったとか・・・。
だから、後遺症なき生存のための分娩っていうのは、当時産科にとってひとつのテーマだったほどなんです。
そうすると、たとえば(未熟児出産の可能性がある)お母さんに対して、医者は「今赤ちゃんは420gですが、このままでは子宮の中で育たないので、帝王切開で赤ちゃんをもう分娩させるしか方法がない。でも産まれた赤ちゃんは、生きることはできても五分五分の確率で脳性まひ、あるいは低酸素脳症などで後遺症が残る可能性がありますよ」と話をしなければならないことも。
6、7ヶ月の子宮の帝王切開っていうのは、手術に対する恐怖プラス次の赤ちゃんを産めるかどうかの不安もつきまといます。
まだ硬い子宮ですから、大出血などから子宮全摘出になる可能性だって高いんです。ある意味、すごい賭けなんですね。
そういう話をするときって、こちらも苦しいんですよ、すごく。でも、本音と建前をわけないで、事実や医学的なデータを淡々と話していかなきゃいけない。そういう苦しさが立て続けにあり、ほかにもさまざまなトラブルや葛藤があって、(この仕事が)すごくせつなくなってきたんです。とはいえ、周産期医療から手を引くと決心するまでには、とても悩みました。

悩まれながらも、周産期医療からレディースクリニックへ、転身を決意されたきっかけは何だったのでしょうか。
脳性まひになったり、後遺症が残った赤ちゃんのお母さんたちのその後、というのがありました。当時、お母さんたちのなかには、「うちの家系にはそんな子どもはいない」などと言われて婚家から出され、離婚させられて、ひとりで子どもを抱えながら生きている人もいっぱいいたんです。それを見ているうちに今度は、苦しい思いをしているお母さんたちのカウンセリングをしていきたい、していかなきゃいけない、という気持ちが強くなってきたんです。
わたしがそれまでやってきたのは、“分娩”というある意味「ドラマチック」な部分だけ。自分は、ある一部分だけにスポットを当てて仕事をしてきたんじゃないかなあ、って。
だから、今度は自分と同世代の、出産を終えた女性たちと向き合っていきたい、いっしょに年をとっていきたいって思ったんです。
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん そのときわたしももう39歳で子どももいたし、これから40歳になってやがて更年期をむかえて、閉経になってっていう流れのなかで、彼女たちといっしょに年を重ねていきながら、いろんな話ができれば、また自分の人生も変わってくるんじゃないかなって

それと同時に、これまでのように仕事に100%のエネルギーを出し切るんじゃなくて、もっと広く豊かな心を持って、人生を楽しめる余裕がほしいな、ってそう思い始めていたんです。

患者さんと話をしないで済むことに安心していた時期があり、次は、これが自分の情熱のすべてというくらい周産期医療に力を入れてきました。
本当に、20代、30代の間は、“病院っ子”っていわれるくらい、ひと晩中ずっと働いていたんです。

朝を迎え、午前中は外来、午後はオペっていうように、寝ずにずっと立ちっぱなしで仕事するなんていうのはざら。
仕事を覚えること、仕事をすることで精一杯だったから、それも当たり前と思っていたんですね。
まさに全エネルギーを注いで仕事をしてきたんです。そして30代後半、40代に入ったころから、落ち着いて人と向き合い、目と目を見てきちんと話をする時間がほしくなり・・・徐々に変わってきたんですね。
こうして振り返ってみると、一貫してこうというポリシーがあったわけではなく、年齢とか年代とか自分の状況、環境で仕事に対する気持ちが変わっていったんだなあって、しみじみ思います。

何かあったときにすぐ相談できる“かかりつけ医” になりたい

今年(※注:2008年)、開業して16年なんです。
いまやもう、銀座は“レディースクリニック界隈”って言われているくらい女医さんやレディースクリニックがたくさんありますけど、当時はレディースクリニックなんていう名前の(婦人)科すらなかったんです。
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん
中央区の医師会に連絡したときも、産婦人科の開業は20年ぶりですって言われたくらい(笑)。
保健所に申請するときも、「女性科」と標榜したくて、そう申請したんですが、「そういう標榜は認められません」と言われてしまって・・・。今はもう出せるんですけどね。

ただ、やっぱり女性の一生にかかわっていけるような科をめざしたかったんです。もっとも、女性ってホルモンとか生理、性器に不調を感じたのをきっかけに、いろんな不定愁訴(頭痛や腹痛、からだの違和感など)や不安感が広がっていくことが多いから、最初のきっかけは婦人科になりがちですけど。でもそういうとき、お母さんに見せて相談するとか、旦那さんに見せて相談するとか、なかなかできないですよね。だから、何かあったときすぐ相談できる“かかりつけ医”になれたらいいな、って。
それが最初からの目標だった
んです。
診療のときはけっこう根掘り葉掘り聞くんですよ、わたし。
たとえばおなかが痛いという患者さんが来たとします。
「おなかが痛い?どんなとき?いつから?どんなふうに?」
「おとといから。」
「おとといから?なんでだろう。最終生理は?」
「ああ、2週間目だから排卵痛かもしれないね。もしかしたらそれ、性交と関係あるかもしれない。最後にセックスしたのっていつ?」

そうやって聞いていると、「激痛がはしる1時間前にセックスをした。でもそのときは痛くなかったので関係ないと思っていた。だから言わなかった」というように、いろいろ話がでてくるんです。
そうするとはじめて因果関係がわかって、「排卵のときとか、生理の直前は卵巣が腫れていることってよくあるの。そのときにセックスをすると、人によっては卵巣出血を起こしちゃうことがある。そうすると生理までの間、おなかの痛みが続くの。これがけっこう痛いのよ。卵巣出血っていっておなかのなかで出血してるわけで、それで救急車で運ばれる人もいるくらいだから、これからそういうときは気をつけなさい」ってアドバイスできるんです。
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん
これが男の先生だと、「おなかが痛い。あ、そう。じゃあ超音波で診てみましょう」で、「排卵痛だね」って言って終わっちゃうかもしれない。結果的に排卵痛ということに変わりはないんだけど、きちんと説明してあげて、アドバイスすると患者さんは「ああ、そうなんだあ」って納得、安心してくれるわけです。
インタビュー[前編]産婦人科医 池下育子さん こういう聞き方ができるっていうのは、女性同士でよかったなあって。けっこうよくそう思いますね。
おそらく男の先生には言えないだろうな、ということもいろいろありますから。アドバイスにしても、患者さんを診た経験上というのもあるけれど、一番はわたし自身のからだですね。同じ女性として、それをわかっているから言えることですし。

ただ、そんな調子で診療すると、お話だけして終わっちゃうことがけっこうあるんです。検査や健診を勧めても「それは別の病院でやってきたからけっこうです」って言われちゃって。

でも、検査結果は分かっているけれど、それだけでは納得していない、何だか不安が残っている、そんな人がたくさんいるんです。
だから患者さんは増えてるんですが、営利には結びついていないのが現状。
そこがちょっとせつないかな(笑)。

麻酔科、産婦人科を経て、現在のレディースクリニックを開業された池下さん。医者としての知識・経験もさることながら、池下さんご自身が、その人生においてさまざまな葛藤やトラブル、迷いを経験されたことが、今多くの女性たちから信頼・支持される大きな理由なのではないか、と感じます。

後編では、30代から40代にかけて生じやすい女性の“心とからだの悩み”について伺うと共に、池下さんのプライベートにさらに深く迫ります。
後編はこちらから
池下育子さんプロフィール

1953年青森県生まれ。帝京大学医学部卒業後、帝京大学麻酔学教室助手として勤務。国立小児病院麻酔科を経て東京都立築地産院産婦人科へ。1991年、同産院医長に就任。その後、1992年池下レディースクリニック銀座を開業。
当初、更年期に悩む女性が美容院に行くような華やいだ気持ちで来院できるように、という思いから銀座という場所を選んだのだが、今は8割が若い働く女性。会社や人間関係などのストレスで悩む女性たちの相談に本音でアドバイス。女性、心身のトラブル全般について積極的に取り組んでいる。1999年、弟であり小児科医の宮野孝一氏と医療法人社団結草会を設立。
著書に『女性の病気百科 気になる体の悩みや症状がわかる』(主婦の友社)、『ラブ&セーフティ・セックス 愛するふたり』(日東書院)、『Maternity book ママになるまでの10ヵ月ダイアリー』(梧桐書院)など

※平成24年10月1日現在の情報です。

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