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「86cmのウエストが、56cmに」という驚きの効果が多くの女性の注目を集め、一躍大ブレイクした「美腰エクササイズ」の考案者、SHINOさん。
お会いした瞬間、思わず息をのんでしまったほど見事なスタイルもさることながら、それ以上に強く心を惹かれたのが、強いポジティブオーラと心癒される温かい笑顔でした。

普通の「主婦」であったSHINOさんが、美腰スタイリストとして成功を得るまでに経験した数々の紆余曲折、そしてそこから学んだ人生の知恵・・・。お話を伺うにつれ、SHINOさんが放つ輝きがどんどん増していくように感じられたのは、経験に裏打ちされたお話の数々がそれだけ魅力的なものだったからにちがいありません。

SHINOさんがそうであったように、迷いつつも人生の新たな一歩を踏み出そうとがんばっているすべての女性にぜひお届けしたいお話を、前後編でお届けします。

3つのQUESTION

Q1 人生のモットーはなんですか?

自分らしく生きること。

Q2 今、1週間自由な時間があったら何をしますか?

部屋の模様替え、映画観賞、気のおけないお友達とおしゃべり。軽井沢あたりにドライブとか。

Q1 ご自身とっての『♪』な瞬間〜自分にとって幸せ・うれしい・充実感を感じる瞬間〜を教えてください

食べ歩き、デパ地下めぐり、娘と一緒に料理。生徒さんの笑顔だったりします。

娘のちっちゃいかわいい手がまるで悪魔の手のように・・・

インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん

─ こうして実際にお会いすると想像もできないのですが、以前はウエストが86cmだったというのは本当ですか?
ええ。出産したあとにおなか太りになって・・・ウエストが86cmになったんです。自称(笑)

─ “自称”ということは・・・
実際にはもっと大きかったと思います。
わたしは、20歳で長女を出産したんですが、そのとき後産が出なかったんですね。手術で胎盤をひっぱりだしたんですが、そのせいか産後もおなかに力が入らなくて。便秘にはなるし、子どもの夜泣きがひどくてストレスから食に走ったりもして。気づいたらそういうおなかになっていました。どんどん太っていく自分が怖くて、サイズが測れなかったくらい。

あっという間にそれまでの洋服が着られなくなって。それでも「まだ大丈夫」なんて思っていたら、1ヶ月ほどでもうすごい状態に。それもただ太るのでなく、おなかのお肉がたるんで、まるで鏡餅みたいになってしまったんです。

そのころ叔母が「もうはかないから」とズボンをくれたんですが、それがぴたっと合ったんです。サイズを聞いたら「86cmよ」って。
それで「ああ、わたしは今ウエスト86cmなんだ」ってわかったんです。でも、本当はウエストがゴムなのにちょっときつかったの。だから、86cmは、自称(笑)。

娘を抱いたり、エプロンをかけたりして、ずっと隠していたんですが、お風呂に入るとき鏡を見ると・・・もう明らかじゃないですか。そのたびに「もう鏡を見たくない」「こんな自分を認めたくない」そんなネガティブな気持ちでいっぱいになって、「どうせわたしは・・・」と思っていました。なんとか痩せようと食べないで我慢しても、すぐ反動がきて。そのくりかえしだったんです。
そのころはキレイな人をみるたびに「どうせわたしはあんな風になれない」とか、「昔はわたしだってこんなに太っていなかった」とか、常に自分自身に言い訳をしていましたね

─ それが変わったきっかけはなんだったんでしょうか?
「このままじゃいけない」ってはっきり悟ったのは、娘を抱っこしていっしょにお風呂に入ったときのこと。
娘を抱いてお風呂に入るときは、いつもガーゼやタオルで前を隠すようにしていたんですけど、そのタオルが湯船に浸かったとき外れちゃったんですね。そうしたら、なにかにつかまろうと伸ばした娘のあのちっちゃいかわいい手が、わたしのお肉をつかんだ!今はもう笑い話にできますけど、そのときは若かったこともあり本当にショックでした。娘の手がまるで悪魔の手みたいに思えて(笑)。

今までのように食べたり食べなかったりというダイエットはもうやめようと決心し、いろいろなダイエットにも挑戦したんですが、なかなか思うように引き締まらない。

インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん
インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん

そんなある日、急なにわか雨があって、あわてて洗濯物をとりこんでいたんです。娘を抱っこしながらだったものですから、とりこむにもすぐ両手がふさがってしまい、いっしょに干していた大きな座布団を運ぶのに、思わず太ももの間にはさんで、ぴょんぴょん飛び歩いたんですね。そうしたら、“ガクンッ!”ってすごい音がしたんです。「骨折したのかしら」と思うくらいすごい音。でも、それが不思議と「イタ気持ちいい」気がして。

その感覚が忘れられなくて、それからも家事をしているとき、娘を抱っこしながら同じように座布団をはさんで、ぴょんぴょんはねたりスクワットをしていたんです。そうしたら次第にぶよぶよだったおしりが引き締まって、形がよくなってきたんです。あとで知ったんですが、座布団をはさんで飛び跳ねたりすると、内臀筋(ないでんきん)や骨盤底筋がものすごく引き締められるのね。

しかも、同じ動きばかりだと抱いている娘がむずがるので、上げ下げしたり回すようにしていたら、おなか痩せがさらに進んで(笑)。そのうえ腰痛や便秘、ちょっとO脚気味だったのもよくなってきたんです。

なにより自分のからだで成果を表していかないといけない、つまり、なまけられない

─ それが美腰エクササイズのはじまりだったわけですね。
ええ。
でも、最初は知識もなかったし、「ただひたすらなにかをやっていたら、たまたま痩せた」という感じだったんですよ。それが本当に細くなって見てわかるくらいになると、周りの人から「痩せたね。キレイになったね」って言われるようになって。「痩せたね」って言われる以上に、この「キレイになったね」という言葉が本当にうれしくて、落ち込んでいた自分がうそのように明るくなったんです。

すると今度は「やり方を教えて」と言われるようになって。うれしくて教えはじめたらどんどん家に人が集まるようになったんです。食事のときもピンポーンっていうくらい、もうひっきりなしに。

そうなると、プロでもなく知識もない自分が教えていることを、みんなが一生懸命真似していることが、だんだん怖くなってきて・・・。教える責任みたいなものを感じはじめたんでしょうね。それから「ああ、からだのことについてちゃんと勉強したい」って思いはじめました。

そこで自分のからだについてまず知ろうと、お医者様に後産が出なかった理由を聞いたんです。そうしたら、「後産が出なかった理由はわからないが、あなたは子宮後屈で、子宮がうしろにそりかえっている」といわれて。

ちゃんと治したいと思い、整体に通うようになったんですが、そこで「骨盤がゆがんで、傾いている。だから子宮が後ろにそりかえったんだ」と説明されたんですね。そのときようやく、これまでからだに起きていた不調の原因はこれだったのか、と腑に落ちたんです。

インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん

治療していただいたら、腰痛も便秘もすっかりよくなったんですが、ただ治療費が高くて。主婦ですし、たとえ週1回でもたくさんのお金を払うのは厳しい。だから、自分でなんとかできないかな、体操することで健康を維持できないかな、と思ったんです。そうすればお金がかからないから(笑)。

ちょうど教えることにプロ意識を感じはじめていたこともあり、それから真剣にからだの仕組みや骨盤のゆがみを調整する方法を勉強しました。そして習ったいろいろなことを組み合わせ、「美腰エクササイズ」の原型にたどりついたんです。

─ 知識を得ると変わりますよね。プロ意識も高くなっていきそうです。
プロとしてやっていくということは、勉強をずっと続けていくということだし、なにより自分のからだで成果を表していかないといけない。つまり、なまけられないということなんです。

教えるということ、からだを作るということを両立させないといけませんから、ものすごく努力しました
ね。

それまで何事も中途半端ですぐ挫折していたわたしが、この体操に限ってはずーっと続いたんですよ。そして、娘が生まれて3年後くらいには、もう福岡のカルチャースクールで教えていました。

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てめえみたいなババアが流行るわけないじゃないか

転機が訪れたのは、43歳で離婚したときでした。
娘を抱えての離婚はものすごく辛くて、なんとか食いつなぐためにたくさんのカルチャースクールでめいっぱい仕事をし、少ないお金を寄せ集めて、ようやく食べていたんです。もう、このままだとのたれ死にするかもしれないと思ったほど。

そんな状況の中で、自分が今まで何十年も信じて続けてきた体操が、このまま日の目をみないで終わったら、と思うと耐えられなくなったんですね。
「コネもなければお金もないわたしだけれど、でもこの体操が本当に世の中の役に立つものなら、神様は絶対に見殺しにはしないだろう」、そう思い一大決心をして上京
したんです。

44歳で単身東京へ、45歳で家族と移り住んだんですが、ありがたいことに東京に出てきてすぐ売り込みにいったカルチャースクールで教えられることになって。すぐ満員になり、いい生徒さんにもたくさん巡り合え、講座がどんどん増えていったんです。そのうえ本を出す機会もいただいて。

不思議なことなんですが、そのお話をいただく少し前に、本屋さんで尊敬する松下幸之助さんの本を見つけ、思わず「何とかして本を出したいんです!本を出して世の中の役に立ちたいんです」と心の中で願ったことがあったんです。そうしたら、そのあとすぐ「本を出しませんか?」って依頼をいただいて、本当に驚きました。強く思うと、願いはきっと通じるのね。

でも、最初の本はあまり売れなかったんです。がっかりしたけれど、世の中に出たくてしかたなかったから、また必死に動いて、今度は友人にテレビのプロデューサーの方を紹介してもらいました。
それはもう、ものすごく期待していたから、会ったらすぐテレビに出られたり、自分の体操が一気に有名になったり、とにかく何かいいことがあるに違いない、と思い込んでいたの。

インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん
インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん

ところが、その人に言われたのが「てめえみたいなババアが流行るわけないじゃないか。うぬぼれんな。てめえみたいなのは絶対ダメになるよ」というキツイ言葉でした。それも面と向かって3回も言われて・・・。

「そうか。わたしの年齢の人はもう、世の中のこういう男性からみたらババアなんだ。ババアで若くないから、なにをがんばってもなかなか認められない。それが常識なんだ」って、そんな風に言われたことを認める自分がいて、でも、それから思ったんです。
「じゃあ、がんばらないと」って。

「ババアっていうことは認める。でもこのままだとわたしと同年代で同じようにがんばっている人たち、いつか必ず自分を認めてもらいたい、なにかを形に残して世の中の役に立ちたいと思っている人たちが全部切り捨てられてしまう。それは、おかしい」。

そこではじめて「ああ、今までの自分は甘かった。だれかに助けてもらおう、認めてもらおう、見つけてもらおうってそればかり思っていた」って気づいたんですね。そうしたら、急に自分が恥ずかしくなって「そうか。自分の努力が足りなかったんだ。もっとがんばらなくちゃいけないっていうことをこの人は教えてくれたんだ」と思えたんです。

じゃあ自分になにができるのかといったら、今目の前にある仕事、この体操を一生懸命やるしかありませんでした。それで、とにかくこの体操を一生懸命続けて、生徒さんを一生懸命指導して、ただひたすらこれを繰り返そうと決め、そればかりやっていたんです。

自分が一番苦しいときには、けっして辞めないこと

その後しばらくして、2冊目の本のお話をいただいたんです。
このチャンスを絶対ダメにしてはいけない、と思いましたね。それで、最初の本のときのように出版社におまかせせず、中に使う写真からなにから本当に自分が作りたいと思うものにしたんです。そうしたら、数ヶ月で2〜3万部売れて、さらにテレビの出演依頼もいただいて。出たら、一気に何十万部って売れちゃったんですよ。もう、あっという間。

売れる時期ってあるんだなあって思いました。一度にガーッと売れて売れなくなる本もあれば、そこそこ売れる本もある。あるいは、最初は少ないけれどずーっと売れ続けてあるときドカンと売れる本も。それぞれ時期があるんでしょうね。
そのことから学んだのは、今すぐに結果がでないからといって絶対だめだと思わないこと。

本だけでなくなんでもそう。
ふさわしい時期がきたら、座るべき自分の場所、自分の椅子はかならずそこに用意されているんです。そのことに気がつかない人は、自分の椅子がわからなくて、他人の椅子を奪おうとするけれど、それはとてもむなしく愚かなこと。だって、その人にはその人だけの椅子がちゃんとあるのだから。
自分にしかできないことをしていれば、その椅子を他人が奪うことは絶対にできないのよ。

たとえばお料理だって、きれいな白いお皿のうえにたくさんのお料理がバランスよくきれいにのっているとおいしそうに見えますよね?でも偏っていたらおいしそうに見えない。世の中もそう。自分の個性、いろんな人の個性があって、それぞれ認め合うことが大切なんです。だから、自分の個性、生き方のテーマは絶対に変えないこと。自分の得意分野は変えない。そうすれば、よっぽどじゃないかぎり失敗しないと思う。

インタビュー(前編)美腰スタイリスト SHINOさん

ちなみに、さっきお話ししたプロデューサーの人、あとできちんと謝ってくれたんですよ。「悪かったなあ」って。
「本当に本が売れるなんて思わなかったし、本当に成功するなんて思わなかったんだよ。でも努力したよな。がんばったよな。あのときはごめんな」って、そう言ってくれたんです。

あのときくやしいと思って、「自分をちゃんとみてもらおう」とつきあいを辞めずにいたのが、むくわれた瞬間でした。彼がそうやって全部見てちゃんと認めてくれたから、だからこそわたしも次に進めたんだと思います。
だからね、自分が一番苦しいときには、けっして辞めないこと。自分で線を引いて、やれるところまではしっかりやって、もうこれ以上できないって思ったら、いったんやめてちょっと寝かせる。そうすると、それなりに結果が出てくるんです。

わたしもいろいろな人に出会って辛い思いもたくさんしたけれど、でもそうやって厳しく言ってくれる人がいたからこそ、強くなれた自分もあったと思うんです。甘えていた弱い自分が、これほどがんばれたのはその人のその言葉があったから。今は、がんばれた自分にも、その人にも感謝できる。だから、人生って楽しいんだって思いますね。

40代を迎えてから訪れた転機にひるむことなく、自分自身が信じる道を進んだ結果大きな成功をつかんだSHINOさん。穏やかな笑顔の裏には、たくさんの苦難を乗り越えた人だけがもつしなやかな強さがたしかに感じられました。
家庭から社会へ、一歩を踏み出す勇気とチャンスをつかむ心の在り方とは?後編ではSHINOさんが自らの経験で感じたこと、ご自身のこれからの“夢”についてお話を伺います。

後編はこちらから

SHINOさんプロフィール

SHINOさん

1959年、福岡県生まれ。
出産後のダイエットがきっかけで骨盤の重要性を知る。その後、整体技術を習得。産じょく体操、ストレッチ、ヨガ、整体などをヒントに、昭和61年より骨盤の歪みを直す体操や呼吸法、リラクセーション音楽、カラーを取り入れたオリジナルの美容体操「美腰メイク」を考案。全国のカルチャースクールなどで教えはじめ、一躍注目を浴びる。
現在は、教室でのレッスンを中心に、テレビや雑誌など多方面で活躍中。
著書に『クビレがよみがえる「美腰」エクササイズ』(PHP研究所)『1日5分!やせる「腰回しダイエット」』(マキノ出版)など。
2009年10月、恵比寿に美腰エクササイズの会員制スタジオをオープン。
オフィシャルサイト: http://www.bikoshi.com/

※平成24年10月1日現在の情報です。

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今回インタビューさせていただいた
SHINOさんの最新刊 『美腰 癒しの寝ながらダイエット』
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応募締切:2010年1月31日(日)
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。(発送は2010年2月上旬予定)

Body&Soulキレイと元気のためのお役立ち情報『1日5分でみるみる変わる!「美腰メイク」でスッキリくびれ美人をめざそう!』監修:SHINO先生

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