Interview
#69

おべんとうを通じ見つめてきた
たくさんの人生
全国を飛び回る写真家のくらし

阿部 了さんSATORU ABE

写真家

1963年生まれ、東京都出身。立木義浩氏の助手を経て1995年にフリーランスとして独立。2000年より日本中を回って手作りのお弁当と、食べる人のポートレートを撮影する旅に出る。2007年より「翼の王国」に「おべんとうの時間」を連載。木楽舎より「おべんとうの時間1〜4」が刊行されている。NHK「サラメシ」(2011〜2025年)のお弁当ハンターとしても有名。「お弁当甲子園」審査委員(鎌倉女子大学主催)、千葉県館山市「館山ふるさと大使」。
https://abesatoru.com

みんなそれぞれ違うのに、どれを見ても不思議と「懐かしい」という気持ちにさせられる、写真家・阿部了さんのおべんとうの写真群。2000年ごろより、妻でライターの阿部直美さんとタッグを組み、のべ300人以上を取材してきました。「おべんとうの時間」はANAの機内誌『翼の王国』で長らく続く人気連載です。人のくらしや人生が垣間見えるおべんとうの取材の面白さとは? そして、日本全国を訪ね歩いてきた写真家のくらしとは?

お弁当を見れば、その人の
人となりや人生が見えてくる

「一般的に料理の撮影といえば、見栄えよく、シズル感がわかるように撮りますよね。でもお弁当は違って、自分の家から会社や学校まで歩いて行く間に中身が崩れたり、ひっくり返ったりもする。それを、僕はあえて直さないで撮ります。ドキュメンタリーみたいなものが、そこに出ると思うんです」

お弁当を見れば、その人の人となりや、人生がなんとなく見えてくる。そこに面白さを感じて、阿部さんは「おべんとうの時間」のプロジェクトをスタートしました。撮影を阿部さん、被写体へのインタビューはライターで妻の直美さんが手がけています。実は、直美さんは当初、人のお弁当を撮影・取材することには不安も感じていたそう。後になって2020年『おべんとうの時間が嫌いだった』(阿部直美、岩波書店)というエッセイを刊行されていますが、そこでは家族との確執の記憶、子ども時代に弁当箱の蓋を開けて感じた恥ずかしさなどが綴られています。

「妻は『お弁当』というものにあんまり良い思い出がない人なので、『そんな残酷なことして大丈夫かな』と言ってました。確かにお弁当って人に見せるようなもんじゃない、照れくさい、という側面もありますよね。僕と真逆の妻の視点が混ざり合って形になっていったのは、結果的に良かったなと思います」

阿部 了さんイメージ

特殊なわけではないのに、
同じものが一つとしてない面白さ

20年以上も同じプロジェクトを続けていても、「取材は今も毎回印象深いです」と阿部さん。時代の変化を人々のお弁当の中に見つけることもあるのでしょうか?

「いや、あんま変わらないと思いますよ。お弁当の中身って、ご飯に梅干し、ソーセージや唐揚げ、いろいろあると思うんだけど、そんなに特殊なものが入ることってないですよね。でも、これだけたくさんのお弁当を撮っていても、同じものが一つとしてない、というのは面白いです」

ちなみに、「おべんとうの時間」のための撮影機材は、当初から変わらないシノゴ(4×5インチのフィルムシートを使用)のフィルムカメラ。「デジタルと違って、フィルムは撮ってすぐに見れない、というのも面白さの一つ」と、写真という媒体への思い入れと愛情を語ります。

「ポートレートを撮影させてもらう時は、笑わせよう、って気はないですね。一言かけるとしたら『私と見つめあってお願いします』くらい。リラックスしてって言われても、こんなカメラで覗かれたら当然緊張するでしょうし。でも、緊張してていいのかなと思いますよね。その人らしさって、笑顔だけじゃないから」

阿部 了さんイメージ

家族の歩みと共にあった
プロジェクトを振り返る

阿部さんには今年の4月から社会人になった娘さんがいますが、物心つく前から父母の仕事についてまわっていたそうで、まさに「おべんとうの時間」は家族巡業でもありました。

「娘が初めて歩いたのは、福島の会津若松の末廣酒造さんを取材させてもらった時でした。宿泊先の旅館で、パッと後ろを振り向いたら『歩いてるじゃん!』とびっくりして」

娘さんの成長とともに、阿部家の軌跡とともにあったとも言える「おべんとうの時間」。最近、家族三人でアメリカに知り合いを訪ねに出かけ、そこで英語が拙くてもコミュニケーションに物怖じしない娘の姿を見て感動したそう。

「僕らの仕事の旅の様子を見て、いろんな人たちと出会ってきたことは成長につながっているかもしれないですよね。大学生になってからも、時間があるときは一緒についてきてくれました」

それにしても、家族巡業ではプライベートとお仕事が入り乱れ、オンとオフの切り替えは難しくなかったのでしょうか?

「あんまり気にしたことないんですけど、たまに妻とケンカもありますね。もう向こうはリラックスしてる状態なのに気づかず『次の取材先の人がね』と話しかけたらちょっと怒られたり(笑)。その逆もありますけどね」

阿部 了さんイメージ
阿部 了さんイメージ
阿部 了さんイメージ

忙しい日々の中、近所の公園や
山登りに出かけて息抜き

「おべんとうの時間」以外のお仕事も立て込み、時には自作のおにぎりを片手に、日本全国を飛び回る忙しい日々。自宅で仕事をするときには、近所の公園を散歩するのがいい息抜きになっているそうです。

「今朝も行ってきたんですが、自分で決めている散歩道があるんです。必ず会って挨拶するおじさん、おばさんがいたりしてね。あと、西武池袋線の高麗(こま)という駅から行ける日和田山という小さい山があって、そこを登るのも楽しみになっています。ちょっと険しい男坂と、緩やかな女坂と、その時の気分で選びます」

日和田山はハイキングコースが整備されていて比較的軽装でも登れ、地元の子どもたちが遠足でも訪れる穏やかな山なんだとか。頂上以外からも美しい景観を望むことができ、季節の自然を楽しむにはもってこいです。山を下ると高麗川の河原で一休み。キャンプやバーベキューをしている人たちもいます。

「近くにコンビニがあるので、ビールを買うんですよ。そして持参したおにぎりとゆで卵を食べる。そんな感じで、10時くらいに出かけていって、のんびりしながら帰ってきても夕方の4時くらい。結構楽しめるんですよ」

阿部 了さんイメージ

朝、昼、晩には何食べよう?
考え、思いを馳せる楽しさ

阿部さんがくらしの中で、一番わくわくするのはどんな時でしょうか?

「その日何も予定がなくても、朝から、今日はこの料理を作って、昼はこれを食べて、夜は近所の魚屋で買ってきた魚を料理して1杯やろうか・・・・なんて、考えてる瞬間がやっぱり1番いいですね。あとは、たまに仲がいい編集の人と夕方5時くらいから飲んだりね。小さな居酒屋で大体1時間半くらい飲んで帰る。うん、そういうささやかなのがいいよね」

そんな日常の小さな出来事を大切にくらしながらも、「写真展を開きたい」という目標も掲げ構想を練っています。おべんとうを撮り始める前には、友人の生活の様子がわかる部屋を撮り、1989年と1999年で並べ時間の経過を味わう作品を発表していました。その作品群と、「おべんとうの時間」も含めた展示を検討中だそう。

「先のことは誰にもわかんないですけどね。ひっくり返ってるかもしれないし。だから目の前のことは、あんまり後回しなしないでちゃんと向き合ってきたい。火がついたら自然と動き出すんですけど。写真展のために準備はしていきたいから、そのためにはお金を貯めなきゃ。稼がなきゃいけない。お金がかかるんですよ、写真は。特にフィルムはね(笑)」

阿部 了さんイメージ
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阿部 了 Everything Has A Story
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