Interview
#51

今を見つめ、五感を研ぎ澄ます
有元葉子さんの美しいくらし
それを支える哲学とは

有元 葉子さんYOKO ARIMOTO

編集者、専業主婦を経て、料理研究家に。台所道具のシリーズ「la base(ラバーゼ)」を新潟県燕市のメーカーと共同開発、同ブランドのディレクターを務める。レシピ本のみならず、食を通して暮らしや生き方を見つめるエッセイ『簡単料理は簡単か?』(文化出版局)など、著書は100冊以上に及ぶ。東京の他、長野県野尻湖、イタリアのウンブリアにも家を持ち、厳選されたものに囲まれた快適なくらし方、ライフスタイルにもファンが多い。
https://www.dinos.co.jp/arimotoyoko_s/

「"ちゃんと食べる"ということは、"ちゃんと生活している"ということ」と語る有元葉子さん。素材の味を生かしたシンプルなレシピだけでなく、衣食住すべてに及ぶ洗練されたくらし術で多くのファンを持つ人気料理研究家です。しかしご自身は「私は精一杯生きているただの人間ですよ」と笑います。無駄なものが削ぎ落とされた美しいライフスタイルの背景にある人生観から、「くらし、たのしく。」のヒントを探りました。

頭でっかちになると、
だいたい間違える

「ちゃんと食べる」とはどういうことを指すのでしょうか? しっかり自炊をして、栄養バランスに気を使い、一食あたりのカロリーはこれくらいで──と、あれこれ考えが浮かんできます。

「もちろん、栄養に気を使うことも自分で食事を作ることも大切だけれど、あれこれ気にしすぎると数字や情報に振り回されてしまいます。頭でっかちになると、だいたい間違ってしまう。自然から与えられている自分の体のほうが、本能的に正しい判断をすると私は思います」

そういえば、2013年に刊行された有元さんの著書『使いきる。』(講談社)にはこんな副題がついていました。『有元葉子の整理術 衣・食・住・からだ・頭』。快適なくらしのヒントは、まずは自分の「からだ」の五感全てを研ぎ澄ませることにあるのかもしれません。

「情報がここまで溢れていると、仕方ないこともありますね。だからこそ『元に戻す』、つまり、動物である自分に戻るということが大事だと思います。情報も大事ですが、最終的には、自分の中から出てくる声に従うっていうことかな」

有元 葉子さんイメージ
有元 葉子さんイメージ

ちゃんと見る、
ちゃんと味見をする

有元さんのレシピは、情報が必要最低限に抑えられていることで有名です。たとえば、ほうれん草を茹でる工程一つ取っても、「〇〇分茹でる」と書かれているわけではなく、「色が青くさえてきたら」という表現のみ(『はじめが肝心 有元葉子の「下ごしらえ」』、文化出版局)。それに、『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ)という本も書かれているほど。

「細かく書こうと思えば書けるんです。でも、料理をする人の立場や、お台所の状況って、一人一人違うじゃないですか。使っている道具も、ガスかIHかも違う。水もお醤油の味も違うでしょ。それをまず頭に入れたほうがいいわよね」

「ちゃんと見ることと、ちゃんと味見をすること」と、有元さんの料理の極意はとてもシンプル。

「それで、自分や、それを食べるご家族、ご友人が、『美味しい』と感じることができればそれで十分なんだと思いますよ」

出来上がった料理だけでなく、有元さんがどのように素材の状態や火の入りの変化を見ているのか、その立ち居振る舞いから学ぶことは多くあります。

「みなさんそう思ってらっしゃるのか、スタジオでお料理を振る舞うと、みんな私のことじっと見ているのね。私を見てないでお料理を食べて、ってよく言うんですけど(笑)」

有元 葉子さんイメージ

商品開発は、使う人の視点で
とことんこだわる

料理が終わる時には、キッチンはすっかり綺麗な状態に。よどみなく体を動かす有元さんにとって、機能的な道具はなくてはならない存在です。料理道具を実際に使う人の気づきから生まれたのが、キッチンウェアブランドの「la base(ラバーゼ)」でした。

「初めのうちは、『なんでボウルやバットを作るの?』『その辺に安いものがいくらでもあるじゃない』と言われました。でも、自分が欲しいボウルがずっと見つからなかったんです」
ボウル1つをとっても、その仕上がりの形の裏には考え抜かれた機能性があります。「使う人」の視点でとことんこだわって作られた「la base」はたちまち評判となり、ディノスの担当者からもラブコールが。以降、20年にわたるパートナーシップが継続しています。その中で、アイロン台の共同開発も実現しました。

「日本の製品は華奢で、海外の製品は重くて扱いづらい。ちょうどいいアイロン台がない、と私が話したら、形にしてくださったんです。私のイメージを具現化してくださったのも、その機能や便利なところを丁寧に、『ちゃんと伝える』という方法で販売されているのも、本当に感謝ですね」

有元 葉子さんイメージ

人間は地球の一部。
自然への思い

有元さんは長野県の野尻湖、そしてイタリアのウンブリアにもくらしの拠点を持っています。

「長野の家は本当に自然のど真ん中にあって、窓から見えるのは山と木だけ。テレビもなく、情報一切なしという場所なので、朝から晩まで木を見て過ごしています。芽吹きの時期は、朝と昼でも全然表情が違うんですよ。一時間ごとにグリーンが濃くなっていく感じが、本当に素晴らしいんです」

そして、イタリアで好きなのは空の表情。
「家からの眺めが、視界の3分の2が空なんです。朝から日が沈むまで、ずっと見ていることが多いですね。日が沈んで終わりではなくて、沈んだ後裏側から色が滲み出て、だんだん茄子紺色になるのが綺麗で」

なかなか心の赴くままに、とはならないものの、時間を捻出して、自然に触れ合う時間を大切にしているという有元さん。

「これからの地球のことは心配です。自然を破壊する方に向かい続けてしまうのは人間の性なのかしら、と思うこともあります。人間が中心で、自分たちが地球を動かしている、という考えだからそうなるのね。人間は、この地球上の大きな命の流れの中の、点の一つ。私はそう思ってます」

有元 葉子さんイメージ

辛いことも、楽しいことも
あるのが人生

先日、セレクトショップ「shop281」を移転。現在は、スタジオとしての利用が主ですが、カフェを開いたり、イタリアからシェフを呼んでの料理教室を実施したりと、企画スペースとしての活用も予定されています。

「何か特別な目標があって移転した、というわけではなくて、色んな事情が折り重なって、成り行き任せでした。『今後の目標は?』っていろんな取材で聞かれるんですけど、それが一番困っちゃいますね。どんな目標を立てても、絶対その通りにならないことだけはわかっているのだから、もう最初から持たないようにしています。大事なのは『今、この瞬間』。終の住処と決めた場所もないし、どこで野垂れ死んでもいいと思ってるくらい(笑)」

過去と比べて自分がどう成長したか。将来自分はどんなふうになりたいか。そんなふうに、現代人は「過去」と「未来」ばかりに目をむけ、「今、この瞬間」が見えていないのではないか・・・有元さんの言葉からは、そんなメッセージが伝わってきます。

「わくわくすること、自分が心地よいと感じることだけで生きていけたらすごくよいけど、そうもいかないですよね。困ることも悲しいこともいっぱいある。色んなことが起こるのが人生です。長い一生の中で、楽しいと感じることは少ししかないかもしれない。でも、辛いことがあるからこそ、良いことが起こったら嬉しい。そういうものだと思います」

有元 葉子さんイメージ
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