世界遺産として名高いカンボジアのアンコール遺跡群を訪れる人のほとんどは、シェムリアップという街を拠点にしています。街の中心部は、立派なホテルやおしゃれなカフェが多く、アンコール遺跡群の観光のためにある街だと言っても過言ではないでしょう。

私はそのシェムリアップに１週間ほど滞在していたことがあります。宿で自転車を借り、毎日早朝から日没まで遺跡から遺跡へと広大なアンコール遺跡群の中を走り回りました。そして時折、わざと回り道をしてみたり、遺跡群とは逆方向へ足を延ばしてみたりもしました。

そんなある日、私は簡素な教室が並ぶ小さな学校らしき敷地の前を通りかかりました。教室といっても通りから中が全て見えてしまうほどで、それは限りなく青空教室に近いものでした。敷地の中の人たちに話を聞いてみると、そこは街の語学教室とのこと。
授業の内容は、英語、日本語、ドイツ語。日本語クラスを教えているのは、まだ20代前半の２人のカンボジア人男性で、漢字は全くわからないそうで、授業は全てひらがなとカタカナだけで行われていました。私は、その場にいた日本語クラス担当のサムディ先生に頼まれ、授業に顔を出してみることになりました。 世界遺産として名高いカンボジアのアンコール遺跡群を訪れる人のほとんどは、シェムリアップという街を拠点にしています。街の中心部は、立派なホテルやおしゃれなカフェが多く、アンコール遺跡群の観光のためにある街だと言っても過言ではないでしょう。

私はそのシェムリアップに１週間ほど滞在していたことがあります。宿で自転車を借り、毎日早朝から日没まで遺跡から遺跡へと広大なアンコール遺跡群の中を走り回りました。そして時折、わざと回り道をしてみたり、遺跡群とは逆方向へ足を延ばしてみたりもしました。

そんなある日、私は簡素な教室が並ぶ小さな学校らしき敷地の前を通りかかりました。教室といっても通りから中が全て見えてしまうほどで、それは限りなく青空教室に近いものでした。敷地の中の人たちに話を聞いてみると、そこは街の語学教室とのこと。
授業の内容は、英語、日本語、ドイツ語。日本語クラスを教えているのは、まだ20代前半の２人のカンボジア人男性で、漢字は全くわからないそうで、授業は全てひらがなとカタカナだけで行われていました。私は、その場にいた日本語クラス担当のサムディ先生に頼まれ、授業に顔を出してみることになりました。

生徒たちの年齢層は、子供を中心に５歳くらいから40歳代までと幅広く、生活環境や境遇も実に様々。教室を見渡すと裸足の子供も多く、月に２ドルの月謝は払えてもテキストを買えないまま学び続けている生徒も少なくないようでした。
授業はどのクラスも休みなく毎日行われており、私はその翌日も６コマの授業全てに朝７時から夜９時まで参加することに。
早朝クラスの生徒は、学校前に早起きをして、また、昼のクラスの生徒は、昼食もそこそこに学校の休み時間の合間を縫って通ってきます。夜のクラスでは、いつ教室の電気が落ちてしまうかわからないため、ろうそくや懐中電灯が常に傍らに用意されていました。そんな状況の中で、みんな頭が下がるほど本当に真剣に学んでいました。

私はサムディ先生の授業のサポートをするかたちで、例文を読んだり、会話の誤りを訂正したりしました。私が生徒たちに日本語を学ぶ動機を尋ねてみると、返ってきた答えは意外なものでした。日本人旅行者を相手に土産物を売ったりするために日本語が必要だから、と答える人はほとんどおらず、特に子供たちの動機は「日本語の勉強は面白いから」「日本人はカンボジアに援助をしていてとても親切だと思うから」といったものでした。実際、ほとんどの生徒は日本人と接触したことがないらしく、私が初めて話す日本人だという生徒が多かったです。 生徒たちの年齢層は、子供を中心に５歳くらいから40歳代までと幅広く、生活環境や境遇も実に様々。教室を見渡すと裸足の子供も多く、月に２ドルの月謝は払えてもテキストを買えないまま学び続けている生徒も少なくないようでした。
授業はどのクラスも休みなく毎日行われており、私はその翌日も６コマの授業全てに朝７時から夜９時まで参加することに。
早朝クラスの生徒は、学校前に早起きをして、また、昼のクラスの生徒は、昼食もそこそこに学校の休み時間の合間を縫って通ってきます。夜のクラスでは、いつ教室の電気が落ちてしまうかわからないため、ろうそくや懐中電灯が常に傍らに用意されていました。そんな状況の中で、みんな頭が下がるほど本当に真剣に学んでいました。

私はサムディ先生の授業のサポートをするかたちで、例文を読んだり、会話の誤りを訂正したりしました。私が生徒たちに日本語を学ぶ動機を尋ねてみると、返ってきた答えは意外なものでした。日本人旅行者を相手に土産物を売ったりするために日本語が必要だから、と答える人はほとんどおらず、特に子供たちの動機は「日本語の勉強は面白いから」「日本人はカンボジアに援助をしていてとても親切だと思うから」といったものでした。実際、ほとんどの生徒は日本人と接触したことがないらしく、私が初めて話す日本人だという生徒が多かったです。

その日、最後の授業は、子供ばかりの初級クラス。テキストを持っている生徒は１人としておらず、先生が黒板に書いた例文を、時間をかけてノートに書き写します。それが各々の貴重なテキストになっているのです。それでも勉強をはじめて２カ月ほどだという生徒のほとんどが、ひらがなとカタカナを全て理解していたのには驚かされました。
その授業の最後に、サムディ先生に頼まれて、私は生徒のために例文を作ることになりました。初級クラスの生徒にも易しくて、みんなに読んでもらえる文章……。どんな例文がいいだろうか……。私はしばらく考え、カンボジアの印象を、率直にシンプルに黒板に書くことにしました。

カンボジアの そらは とても あおいです。
アンコールワットは　とても きれいです。
カンボジアの ひとは とても やさしいです。
わたしは また カンボジアに きたいです。

まず私がゆっくりと読み上げ、子供たちにも３回大きな声で読んでもらいました。日没後で真っ暗になった乾季の空に響くようなみんなの声は今でもはっきりと私の耳に残っています。

早朝から夜までの丸１日の授業を終え、ヘトヘトに疲れ果てていたはずなのに、宿までのシェムリアップ郊外の夜道がとても心地よかったことを覚えています。
自分が何かをしないこと、何かができないことを、環境のせいにしてしまうことは簡単なのかもしれません。でも、私が訪れた教室にそんな人は１人もいませんでした。決して学ぶための環境が整っているとはいえないところで、みんな好奇心に溢れて学び続けていました。

カンボジアでの滞在の中で、その教室での交流は今でも私にとって一番の思い出です。 その日、最後の授業は、子供ばかりの初級クラス。テキストを持っている生徒は１人としておらず、先生が黒板に書いた例文を、時間をかけてノートに書き写します。それが各々の貴重なテキストになっているのです。それでも勉強をはじめて２カ月ほどだという生徒のほとんどが、ひらがなとカタカナを全て理解していたのには驚かされました。
その授業の最後に、サムディ先生に頼まれて、私は生徒のために例文を作ることになりました。初級クラスの生徒にも易しくて、みんなに読んでもらえる文章……。どんな例文がいいだろうか……。私はしばらく考え、カンボジアの印象を、率直にシンプルに黒板に書くことにしました。

カンボジアの そらは とても あおいです。
アンコールワットは　とても きれいです。
カンボジアの ひとは とても やさしいです。
わたしは また カンボジアに きたいです。

まず私がゆっくりと読み上げ、子供たちにも３回大きな声で読んでもらいました。日没後で真っ暗になった乾季の空に響くようなみんなの声は今でもはっきりと私の耳に残っています。

早朝から夜までの丸１日の授業を終え、ヘトヘトに疲れ果てていたはずなのに、宿までのシェムリアップ郊外の夜道がとても心地よかったことを覚えています。
自分が何かをしないこと、何かができないことを、環境のせいにしてしまうことは簡単なのかもしれません。でも、私が訪れた教室にそんな人は１人もいませんでした。決して学ぶための環境が整っているとはいえないところで、みんな好奇心に溢れて学び続けていました。

カンボジアでの滞在の中で、その教室での交流は今でも私にとって一番の思い出です。

【写真１】【写真２】のような写真は、実際に現場で撮影しようと思うとちょっと勇気がいるものです。先生も生徒たちも、そもそも私の写真撮影のために教室にいるのではありませんし、教室でみなさんが勉強しているところに私がお邪魔しているわけです。
ところが、邪魔になっては申し訳ないから…と、教室の後ろから離れて撮影するばかりでは、学んでいる表情や様子を捉えた写真にすることができません。悩ましいところです。 私は、そういう時、きちんと自分の存在を知ってもらうことから始めるようにしています。いくら遠慮気味に振舞っていても、誰だかわからない人がこっそりと黙って撮影している方が、教室のみなさんにとってはかえって気が散ることになりかねないですよね。
実際に、最初に先生に紹介してもらったり、言葉が通じないながらも、例えばちょっと手を振ったりして、その空間に一緒にいる人間として認識してもらえれば、ずいぶん違うものです。
邪魔にならないように…と気は使いながらも、思い切りも必要な場面です。 【写真１】【写真２】のような写真は、実際に現場で撮影しようと思うとちょっと勇気がいるものです。先生も生徒たちも、そもそも私の写真撮影のために教室にいるのではありませんし、教室でみなさんが勉強しているところに私がお邪魔しているわけです。
ところが、邪魔になっては申し訳ないから…と、教室の後ろから離れて撮影するばかりでは、学んでいる表情や様子を捉えた写真にすることができません。悩ましいところです。 私は、そういう時、きちんと自分の存在を知ってもらうことから始めるようにしています。いくら遠慮気味に振舞っていても、誰だかわからない人がこっそりと黙って撮影している方が、教室のみなさんにとってはかえって気が散ることになりかねないですよね。
実際に、最初に先生に紹介してもらったり、言葉が通じないながらも、例えばちょっと手を振ったりして、その空間に一緒にいる人間として認識してもらえれば、ずいぶん違うものです。
邪魔にならないように…と気は使いながらも、思い切りも必要な場面です。