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専門家「風景」をつくるガーデニング術

イギリスで訪ねた庭レポート vol.8 ヒーバー・キャッスル & ガーデンズ編

居場英則

昨年の2018年の5月、世界的に有名な日本人ガーデンデザイナー、石原和幸氏のサポートメンバーとして、

イギリス・ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーに、石原さんの庭をつくりに行ってきました。

作庭期間の約2週間、その後、フラワーショー開催中の庭のメンテナンスもさせていただくことになって

都合3週間ほど、イギリス・ロンドンに滞在していました。

その間、ロンドン市内や近郊に点在する、世界的に有名なガーデンをいくつも見て回ることができました。

自宅でバラの庭を作り始めて6年、新たな刺激とクリエーション(創造)の源を探しに行く旅でした。


こちらのディノスさんのコーナーで、僕が訪ねたロンドン近郊の12の庭をレポートさせていただくことなった

この企画、今回はその8回目。

チェルシー・フラワーショーの会期中、早朝のメンテナンス作業を行った後は、自由時間となり、

これまで行けなかったロンドン郊外の庭を見に行くことができるようになりました。

この日、日本からチェルシー・フラワーショーを見に来た友人と合流し、彼の友人でもある

イギリス在住の日本人ガーデナーの方と連れ立って、ロンドンの南へ電車で1時間ほどのケント州へ出かけました。


前回記事の「イギリスで訪ねた庭レポート Vol.7」では、午前中に訪れた個人邸の庭を紹介しましたが、

今回は、そのあとに訪れた素晴らしいお城とその庭を紹介したいと思います。

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この日の午後、訪れたのは、ロンドン市街地から南へ1時間ほどの距離にある、ケント州のヒーバー城。

こちらの写真は、そのヒーバー城へ入る門です。

お城というより、ちょっとした邸宅といった、こじんまりとした佇まいです。

ヒーバー城の公式HPがあるので、以下に紹介しておきます。

https://www.hevercastle.co.uk/

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ヒーバー城は、イギリスの偉大なる王、ヘンリー8世の2番目の妃、アン・ブーリンが幼少期を過ごしたことで

有名なお城です。

アン・ブーリンは、イギリスの歴史において非常に重要な女性です。

ヘンリー8世に見初められたアンは、王の愛人ではなく正式な結婚を望んだのですが、

カトリック教会は、ヘンリー8世と最初の王妃、キャサリン・オブ・アラゴンとの離婚を認めなかったために、

ヘンリー8世は、ローマ教皇と対立。

その結果、イングランド国教会が誕生することになったのです。

妃となったアン・ブーリンは、結婚から5ヶ月後に女の子を産みますが、ヘンリー8世の望んだ男子を産むことが

できなかったため、結婚から3年後、不貞の罪を着せられて、ロンドン塔で斬首刑に処されてしまいます。

このアン・ブーリンが産んだ女の子が、後のエリザベス1世です。

そんな数奇な運命を辿ったアン・ブーリンゆかりのこの城が建てられたのは13世紀。

15世紀に、ブレン家の所有となりチューダー様式の邸宅が建てられ、その後、何人もの人手に渡り、

20世紀初頭、アメリカの大富豪のウィリアム・ウォルドルフ・アスター卿が買い取りました。

彼は、老朽化した城を修復し、友人を招くための 邸宅 "チューダー村(Tudor Village)"を造り、

後述する人造湖やイタリアンガーデンなど、次々と庭を拡張していきました。

もともとは小さなお城だったのが、今では広大な敷地を誇る素晴らしいガーデンと、美しい景観が生まれました。

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庭を散策する前に、少し歴史の勉強を兼ねて、お城を見学しました。

このお城は、二重の堀に囲まれた造りになっていて、こちらは、内堀。

内堀に架かるのは木製の跳ね橋です。

ゲートのアーチ門の上部には、落とし格子も見えています。

幼い頃、絵本で見たことがあるような、まさしく典型的な中世のお城。

日本の戦国時代のお城と違って石垣はなく、建物そのものが石積みでつくられており堅牢、要塞のようです。

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木製の吊り橋を渡って、お城の内部に足を踏み入れました。

外から見ると、堅牢な石造りの建物に見えたお城の内部は、まず天空から光が降り注ぐ中庭があり、

その中庭を四方から囲むように木造のチューダー様式の建物が建っていました。

ここに入ると、自分自身が中世にタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えました。

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城の内部も見学できるようになっており、豪華な家具や調度品などの展示とともに、

アン・ブーリンや歴代の城主がどのような生活をしていたのかなど、思いを馳せることができます。

写真は、1階のリビングルーム。

外観から想像する「要塞」のイメージとはかけ離れ、意外にも落ち着いた、心地よさそうな空間でした。

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城の後ろ(北側)には、アスター卿がゲストの宿泊施設として建てた "チューダー村(Tudor Village)" が見えます。

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このチューダー様式のコテージは、現在、ベッド&ブレックファーストになっていて、宿泊することができます。

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こちらは、城の外堀。

堀というより池に近い感じです。

黄色い菖蒲が咲き、睡蓮の葉が浮かび、木製の橋が架かっていて、何とものどかな風景です。

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城のすぐ横にあるチューダーガーデンでは、トピアリーはチェスの駒になっています。

この横には、イチイの木を刈り込んで作られた迷路が作られていました。

ルネッサンス期、富裕層の間でガーデンに迷路を作ることが流行したそうです。

それに習い、アスター卿が造らせたもので、ものは試しにと迷路にもチャレンジしてみました。

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さて、ようやくガーデンの散策に向かいます。

ヒーバー城の庭園は、イギリス一の栄冠「ザ・ガーデン・オブ・ザ・イヤー賞」を手にしたこともある

大変素晴らしいガーデンとのこと。

まず最初に目に飛び込んできたのが、この入り口のゲート付近の植栽。

黄色いレンギョウのような花と、鮮やかなピンクの西洋シャクナゲ、さらに上には薄紫色のシャクナゲという

ヴィヴィッドな配色が、印象的でした。

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さらに中へ進むと、黄色い花とオレンジ色のツツジという派手な配色。

その奥には、赤い葉のモミジが締めるという絶妙なカラーバランス。

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ここで少し、このガーデンの説明をしておきましょう。

20世紀初頭、アメリカ人の大富豪、ウィリアム・ウォルドルフ・アスター卿が、ヒーバー城を購入し、

城に隣接する広大な敷地の中に、彼の好みのイタリアン・ガーデンが造成されました。

ガーデン内には、アスター卿自身が、イタリアから運んできたという彫刻があちこちに置かれています。

このイタリアン・ガーデンは、東西約250m、南北約70mもの広さを誇ります。

ガーデンの南側には、上の写真のような壮観な開廊と柱廊が築かれています。

ガーデンの東端のテラスには、ローマのトレビの泉をイメージした噴水が作られ、そのさらに奥には、

広大な人造湖が広がっているのです。

ここのガーデンは、全体で125エーカーあり、ヘッドガーデナーのヨセフ・チールと、その息子により

デザインされ、約1000人が従事し、1904 年からわずか4年で造り上げたものだそうです。

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パーゴラの横の斜面は、ローマ近郊のチボリにある世界遺産の噴水公園 、

"ヴィラ・デ・エステ(Villa d'Este)" をイメージしてデザインされているそうです。

滝が流れ落ち、洞窟のような暗い空間に、水が滴る音が響いていました。

日陰と湿気に強いシダやギボウシなどが、見事に植栽されています。

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回廊の上を見上げると、両サイドのローマの水道橋のようなデザインの壁面に穴が穿たれ、

そこに丸太棒を差し込んで、パーゴラが作られています。

このパーゴラには、フジ、つるバラ、ブドウ、蔦などのつる性植物が誘引されています。

残念ながら、訪れた時期はパーゴラには花が咲いていなかったのですが、

このパーゴラを花が覆いつくすシーズンに、是非また見に来たいと強く思いました。

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こちらは、回廊を少し脇に逸れたガーデン。

ここにもローマ時代の水道橋を彷彿とさせる構造物がデザインがされていました。

どこを切り取っても美しい風景が連続しています。

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水道橋を抜けてさらに進むと、ここにも立体的なガーデンが作られていました。

特徴的なのは、何種類もの葉の色が違うモミジを使っていることです。

画面中央のトピアリー風に刈り込まれた植物も、実はモミジでした。

モミジを刈り込んで、このような姿にするのは、相当難しいのではないかと思います。

同行した友人は、プロの造園家ですが、とても感心していました。

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この一角は、ヒーバー・キャッスル & ガーデンの中でも、一番の見どころと言われているローズガーデン。

今回、この旅をアテンドしてくれたイギリス在住のガーデナーさん曰く、僕がバラを育てているということで、

バラなら、このガーデンを見て欲しいと、この場所に連れてきて下ったのです。

ただ、残念ながら、バラの開花にはまだ早く、バラは全く咲いていませんでした。

ローズガーデンを取り囲むレンガ造りの壁面にも、つるバラがたくさん誘引されていて、

バラが咲いた風景を是非見てみたいと思いました。

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こちらは、ローズガーデンに突き出した円形の部屋。

外側は、赤いレンガづくりだが、内側の壁面は大理石で作られているように見えます。

円形の建物の壁面にもつるバラが誘引されていて、咲いたバラは、地面の青い芝生との対比で、

きっと美しい風景なんだろうなと、指をくわえて見るしかありませんでした。

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ローズガーデンは、いくつかのガーデンルームに分節されていて、こちらでは、若いガーデナーさんが、

バラのメンテナンスをされていました。

ゴミひとつ落ちていない、とても美しく管理されたガーデンです。

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回廊を抜けたガーデンの東端には、ローマの古代建築のようなテラスと、トレビの泉のようなイタリア様式の

美しい噴水が作られています。

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そして、この噴水広場のテラスの正面には、何と広さ38エーカー(15ha、東京ドーム3 個分)もある人造湖が

広がっているのです。

広すぎて、写真で撮っても全景が入らないくらいです。

もともと湿原のような場所だったところを、2年の歳月をかけて掘った作ったのだそうです。

船着き場もあり、ボートの貸し出しもされているようです。

それにしても、こんな壮大なものを実際に作ってしまうところが、尋常ではありませんね。

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テラスの脇に掲げられたお城と庭園の地図です。

左上の黒い建物群が、お城とその周辺に作られた宿泊施設のチューダー村。

そこから東へ進むと、回廊で囲われたイタリアン・ガーデン。

そして、そのさらに東に、広大な広さを誇る人口湖「The Lake」が広がっています。

この地図を見るだけでも、この人造湖の巨大さが分かると思います。

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イタリアンガーデンの東端の湖を望むテラスから、来た道とは反対側の道をお城の方に戻っていきます。

黄色い石を積んだ半円形の壁面の中央に、彫刻が置かれ、その周囲の壁面には、つるバラが誘引されていました。

ほとんどのバラがまだ開花には程遠い中で、この赤いバラはいち早く花を咲かせていました。

このヒーバー・キャッスル&ガーデンズでは、多くの彫刻が、ガーデンに散りばめられています。

実は、この城を買い、莫大な費用を掛けて改修したアスター卿は、アメリカの駐イタリア大使をしていた時代に

コレクションした、古代ローマ帝国時代からルネッサンス期までの 彫像、壷 、石棺、そして柱などの彫刻類を

展示するために、ここに自分の理想とするガーデンを作ったのです。

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こちらにも、早咲きの黄色いバラと、小さな彫像が、それぞれを引き立て合うようにデザインされています。

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こちらの壁面に誘引されたつるバラはまだ開花していませんでしたが、すでにたくさんの蕾を挙上げていました。

きっと小輪房咲きのバラでしょう、背景の黄色い石とも相まって、きっと美しい風景を作り出すでしょう。

その両脇の壁面にも、彫刻がさりげなく置かれています。

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こちらには、ローマやギリシャの建築物を彷彿とさせる柱が置かれています。

古代遺跡のような風景です。

壁面には、ち密な枝ぶりのつる植栽が誘引されています。

アスター卿が、これだけのコレクションをイギリスに持ってきた気持ちが分かるような気がします。

これだけの彫刻類を庭の中で活かすデザインができるのは、 長いガーデニングの歴史がある

イギリスのガーデナーしかいないと思ったのかもしれませんね。

これだけの数の彫刻を庭に置いて、煩雑さを感じさせないのは、美しくデザインされた植栽の風景があるから

なのでしょう。

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こんな遊び心も見つけました。

2人の男女が寝そべりながらキスをしている彫刻ですが、身体の半分をモミジの葉で隠しています。

アートと植物の見事なコラボレーションです。

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ガーデンに北の端には、「Water Maze」という、水辺の迷路が作られていました。

丸い池の中に、同心円の道が作られていて、その中心に石で作られた塔が見えます。

そこに辿り付けばゴールのようです。

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一見すると、簡単なように見えるのですが、所々に仕掛けが隠されています。

写真は、同行してくれた園芸家の友人ですが、道を間違えると、水が噴き出す仕掛けになっています。

橋脚にスプリング(バネ)が仕込まれていて、橋に乗ると反対側から水が噴水のように飛び出すのです。

童心に帰って、ウォーター・メイズを楽しみました。

かつて、これを作らせた王侯貴族たちも、きっとそういうお戯れを楽しんだことでしょう(笑)。

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何度か道を間違えながらも、ようやく中央の石の塔に辿り着くことができました。

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塔の上から、ウォーター・メイズを見下ろすと、こんな感じ。

トラップ(罠)のある橋や道の周りには、水しぶきが飛んでいるので、すぐに分かっちゃうんですけどね(汗)。

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面白い噴水も見かけました。

赤い葉の植物が円形に取り囲む噴水。

赤い葉の中から水が噴き出して、真ん中の噴水に水を返しています。

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城の前まで戻ってきて、今度はお城の南へと伸びる道を進みます。

西洋シャクナゲの径「ロドデンドロン・ウォーク」と呼ばれています。

径の両側には、大きく育ったシャクナゲが色とりどりの花を咲かせ、径の正面には石造りの立派な階段が

待ち受けています。

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この淡い紫色の西洋シャクナゲの美しさは際立っていました。

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この石造りの階段の下を、また別の径が横切っています。

このあたりは、深い森の中のような場所で日陰の小径なのですが、

緑鮮やかなシダ植物と色鮮やかなツツジやシャクナゲがとても印象的でした。

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薄暗い空間の中に、発光するかのように見える黄色いツツジや薄いピンク色のシャクナゲが、とても美しいです。

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この日陰の小道には、ギボウシやシダ植物が群生していて、それは見事な風景を作っています。

奥に咲いている淡いピンク色の花は、西洋シャクナゲ。

イギリスのシャクナゲは、何故にこんなにも大きく成長するのか、と思うほど見事な景色を作っています。

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森の奥には、赤と濃いピンクのシャクナゲが咲き誇っていました。

キリがないので、もうこれくらいにしますね(笑)。


ヒーバー・キャッスル & ガーデンズ、いかがでしたでしょうか?

イギリス史上もっとも有名な王、ヘンリー8世の2番目の妻、アン・ブーリンゆかりのお城という歴史的な側面と

アメリカ人の大富豪、アスター卿が作った理想のイタリアン・ガーデンという側面。

ロンドンから意外に近い場所にあるにも関わらず、あまり日本人に紹介されていない穴場中の穴場。

是非、足を伸ばしていただければと思います。

次回の第9回目のレポート記事は、またまたお城の庭。

「ハンプトン・コート&ガーデンズ」をご紹介する予定です。

乞うご期待ください。


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居場英則

『進化する庭、変わる庭』がテーマ。本業は街づくりコンサルタント、一級建築士、一級造園施工管理技士、登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。土面の殆どない庭で、現在約120種類のバラと、紫陽花、クレマチス、クリスマスローズ、チューリップ、芍薬等を育成中。僕が自身の庭を創り変える過程で気づいたこと。それは、植物の持つデザイン性と無限の可能。そして、都市部の限定的な庭でも、立体的な空間使用、多彩な色遣い、四季の植栽の工夫で、『風景をデザインできる』ということ。個々の庭を変えることで、街の風景も変えられるはず…。『庭を変え、街の風景を変えること』が僕の人生の目標、ライフワーク。ーー庭を変えていくことで人生も変えていくchange my garden/change my lifeーー

個人ブログChange My Garden

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